2005年
09月
26日
(月)
03:28 |
編集
協議離婚にまつわる諸々の作業は、本当に時間が掛かる。
まず弁護士との打ち合わせ、財産の洗い出し等々。
明日は本籍地の区役所へ出向き、戸籍謄本を取ってこなければならない。
それらのデータをもとに、公証人が書類作成に入る段取りだ。
公正証書作成・押印まで、約1週間かかるらしい。
公証役場で押印したら即座に、離婚届の提出となる。
最後の手続きは、10月上旬になりそうな気配。
結局、弁護士との接見から、延べ3〜4ヶ月を要したことになる。
結婚の簡単さから比べると、なんと煩雑なことよ。
いろんな出来事が走馬灯のように駆け巡ってくる。
良かったことも、悪かったことも。どちらかというと良かったことのほうが多いか。
去り行く日々に完全なピリオドを打って、これからどこへ向かうのか、
いまださっぱり分からない、というより分かりたくないだけか。
これまで財産とかにまったく興味を持たないで生きてきた。
自由な生き方に足かせを嵌めるものを極力背負わない、
いつでもどこへでも旅へ行かなければならない、というのがモットーだった。
モットーを持たないのをモットーにしてきたが、モットーはそれなりにあったんだろう。
それを無意識に行うことにより、図らずも2人の他者を傷つけてしまった。
その報いとして、1匹の愛犬を失うことになる。
その罰に対して懺悔して許されるのなら、すがりたい気持ちはある。
ただし、生き方を変えるのか否かという心積もりはできていない。
どこを向けば辿り着けるのだろうか? そもそも辿り着く場所などあるのだろうか?
たぶんないんだと思う。あがくことに意味があるんだと思う。
問題は、そのあがき方が分からなくなっているところにある。
※PRIDE武士道グランプリ
2chの実況板で、結果を逐次チェックしたが、早く地上波放送を見たいものだ。
まず弁護士との打ち合わせ、財産の洗い出し等々。
明日は本籍地の区役所へ出向き、戸籍謄本を取ってこなければならない。
それらのデータをもとに、公証人が書類作成に入る段取りだ。
公正証書作成・押印まで、約1週間かかるらしい。
公証役場で押印したら即座に、離婚届の提出となる。
最後の手続きは、10月上旬になりそうな気配。
結局、弁護士との接見から、延べ3〜4ヶ月を要したことになる。
結婚の簡単さから比べると、なんと煩雑なことよ。
いろんな出来事が走馬灯のように駆け巡ってくる。
良かったことも、悪かったことも。どちらかというと良かったことのほうが多いか。
去り行く日々に完全なピリオドを打って、これからどこへ向かうのか、
いまださっぱり分からない、というより分かりたくないだけか。
これまで財産とかにまったく興味を持たないで生きてきた。
自由な生き方に足かせを嵌めるものを極力背負わない、
いつでもどこへでも旅へ行かなければならない、というのがモットーだった。
モットーを持たないのをモットーにしてきたが、モットーはそれなりにあったんだろう。
それを無意識に行うことにより、図らずも2人の他者を傷つけてしまった。
その報いとして、1匹の愛犬を失うことになる。
その罰に対して懺悔して許されるのなら、すがりたい気持ちはある。
ただし、生き方を変えるのか否かという心積もりはできていない。
どこを向けば辿り着けるのだろうか? そもそも辿り着く場所などあるのだろうか?
たぶんないんだと思う。あがくことに意味があるんだと思う。
問題は、そのあがき方が分からなくなっているところにある。
※PRIDE武士道グランプリ
2chの実況板で、結果を逐次チェックしたが、早く地上波放送を見たいものだ。
2005年
09月
25日
(日)
04:38 |
編集
ブログってむずかしい。
日記として利用するつもりだった。
そもそも日記って人知れず書くもの、母ちゃんに見られると恥ずかしいもの、
ポジショニング的には、そんなものだったと思う。
ブログの登場により、日記は公開が当たり前になった。
このコペルニクス的転換をどう捉えればよいのか?
これまで自らが情報を発信したいと欲した場合、
既存メディアのプラットフォームに乗る必要があった。
が、インターネットの登場により、市井の一個人による情報発信が可能となった。
ブログは、そのパーソナルメディア的性質を、より強力にするインフラだ。
とまぁ、一般論を書いてみたところでどうなるものでもない。
僕もマスメディアの片隅で生きる者として、発したい何かはある。
その何かを、自分が従事する媒体で実現すべく働いている。
なかなか僕の思う価値あるものは生み出せていないのだが……。
パーソナルメディアによる情報発信は、あまり必要性を感じてこなかった。
ブログの隆盛は、多くの人々が何かを書きたい、そして訴えたいという欲求をもっていたのを物語っている。
僕は、仕事としてならメッセージを発していくノウハウを持っている。
こういう世界観を出したいときは、この人を出して、こんなコメントを言ってもらおうとか。
ある意味、勝利の方程式は経験によって得てきた。
ブログをはじめたのはいいが、すぐに行き詰まってしまった。
書き残しておかないと忘れてしまいがちなちょっとした感慨など、
うまく進んでくれないプライベートな部分での出来事など、
毎日残しておきたいことは、それなりに起こっている。
身の回りの人たちに正体を特定される恐怖からか、
ブログに書き留めておきたかった、公開するに値しないあさましい心の揺れを書けないでいる。
そんなちっぽけな自分に鞭打つためにブログを始めたのに、
あまりに芸がないと自分で判断したものは、公開する勇気が湧いてこない。
別に、お金を払って読んでもらう作家じゃないのだからいいじゃないか、
と我ながら思うのだが……。
冒頭の日記論に戻るのだが、やはり恥ずかしい気持ちが先行してしまう。
いざ、自分が演者になろうとしてみると、あっという間に筆が止ってしまう。
世のブロガーたちは、そんなジレンマがないのだろうか?
仮にそこを乗り越えていたとしたら、どんなレトリックになるのだろうか?
とにかく書くという行為は非常にむずかしいのであるが、
今後は、私小説ならぬ私ブログを展開しようと、少し弱めに決意表明しておく。
※9/23 新井敏記×片岡義男 トークセッション>
※9/23 SWITCH20th J-WAVEスペシャル>
無人の荒野を切り開いた偉大なる編集者の冒険譚が、どんなフィクションよりスリリングでおもしろかった。まさに旅人である。
※9/24 NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」
身につまされる思いがした。自分の父親のみならず、30年後の自分、別れることになる妻、今付き合っている彼女……、いろいろ想像した。僕もこの2日間、誰とも口をきいていない。社会との接点がなくなれば容易にありうる話だ。僕はいつから孤独になったのだろうか? 幼少時分、自身がこんな大人になるなんて想像できたであろうか?
日記として利用するつもりだった。
そもそも日記って人知れず書くもの、母ちゃんに見られると恥ずかしいもの、
ポジショニング的には、そんなものだったと思う。
ブログの登場により、日記は公開が当たり前になった。
このコペルニクス的転換をどう捉えればよいのか?
これまで自らが情報を発信したいと欲した場合、
既存メディアのプラットフォームに乗る必要があった。
が、インターネットの登場により、市井の一個人による情報発信が可能となった。
ブログは、そのパーソナルメディア的性質を、より強力にするインフラだ。
とまぁ、一般論を書いてみたところでどうなるものでもない。
僕もマスメディアの片隅で生きる者として、発したい何かはある。
その何かを、自分が従事する媒体で実現すべく働いている。
なかなか僕の思う価値あるものは生み出せていないのだが……。
パーソナルメディアによる情報発信は、あまり必要性を感じてこなかった。
ブログの隆盛は、多くの人々が何かを書きたい、そして訴えたいという欲求をもっていたのを物語っている。
僕は、仕事としてならメッセージを発していくノウハウを持っている。
こういう世界観を出したいときは、この人を出して、こんなコメントを言ってもらおうとか。
ある意味、勝利の方程式は経験によって得てきた。
ブログをはじめたのはいいが、すぐに行き詰まってしまった。
書き残しておかないと忘れてしまいがちなちょっとした感慨など、
うまく進んでくれないプライベートな部分での出来事など、
毎日残しておきたいことは、それなりに起こっている。
身の回りの人たちに正体を特定される恐怖からか、
ブログに書き留めておきたかった、公開するに値しないあさましい心の揺れを書けないでいる。
そんなちっぽけな自分に鞭打つためにブログを始めたのに、
あまりに芸がないと自分で判断したものは、公開する勇気が湧いてこない。
別に、お金を払って読んでもらう作家じゃないのだからいいじゃないか、
と我ながら思うのだが……。
冒頭の日記論に戻るのだが、やはり恥ずかしい気持ちが先行してしまう。
いざ、自分が演者になろうとしてみると、あっという間に筆が止ってしまう。
世のブロガーたちは、そんなジレンマがないのだろうか?
仮にそこを乗り越えていたとしたら、どんなレトリックになるのだろうか?
とにかく書くという行為は非常にむずかしいのであるが、
今後は、私小説ならぬ私ブログを展開しようと、少し弱めに決意表明しておく。
※9/23 新井敏記×片岡義男 トークセッション>
※9/23 SWITCH20th J-WAVEスペシャル>
無人の荒野を切り開いた偉大なる編集者の冒険譚が、どんなフィクションよりスリリングでおもしろかった。まさに旅人である。
※9/24 NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」
身につまされる思いがした。自分の父親のみならず、30年後の自分、別れることになる妻、今付き合っている彼女……、いろいろ想像した。僕もこの2日間、誰とも口をきいていない。社会との接点がなくなれば容易にありうる話だ。僕はいつから孤独になったのだろうか? 幼少時分、自身がこんな大人になるなんて想像できたであろうか?
2005年
09月
20日
(火)
01:20 |
編集
この3連休は、出歩かないくせにいろいろあった。
気が重くなることが多かったなぁ。
いつの日か総括しなきゃならんと思うので、
気が向いたら書きとめていこう。
まだ今日は気が向かないのである。
気が重くなることが多かったなぁ。
いつの日か総括しなきゃならんと思うので、
気が向いたら書きとめていこう。
まだ今日は気が向かないのである。
2005年
09月
16日
(金)
02:15 |
編集
僕の中のナンバーワン野球選手は、高橋慶彦をおいて他にいない。
言わずと知れた広島カープ全盛期のリードオフマン。
村上龍「走れ!タカハシ」にも書かれたのでご存知の方も多いはず。
不世出のプレーヤーだ。
小学校低学年の僕からしても、なんとも形容しがたい色気があった。
当時日本人選手でまったく少数派のガム噛み。
軽く肩をいからせながら、少し猫背気味の歩き姿。
誰にも類似を探せない独特のバッティングフォーム。
数々の盗塁を生み出した少し歩幅の広いランニングフォーム。
過去にも現在にも、プレー姿だけでセクシーさを醸し出したのは、ヨシヒコ以外に見あたらない。
僕はれっきとしたノーマルだけど、男が男に惚れるってやつ。
俊足好打の選手はいつの時代だっている。
当時は、巨人の松本が常に盗塁王を争っていた。
なんだか松本はナヨっとしていて好きじゃなかった。
他にも記録上ヨシヒコを上回る同タイプの選手は存在する。
だが僕は、昔も今も断然ヨシヒコ派だ。
少年野球では、ポジションはセンターだったけど、ずっと背番号2を選んだ。
ひと昔前なら長嶋の背番号3か?
2を選ぼうとするヤツはいなかったから、僕が独占できた。
打撃フォームはもちろんのこと、打つ前の動作をバット回しまでひたすら真似た。
生粋の右バッターだったが、スイッチヒッターにもなった。
ヨシヒコのことを書き始めると止まらないので、今日はこの辺で筆をおこう。
とにもかくにも僕の中では、いつまでたっても機動力=ヨシヒコ。
モバイル=機動力、よって携帯投稿=ヨシヒコなのだ。
カテゴリ名「ヨシヒコ」は、強引だけどそんなところから付けました。
ヨシヒコの魅力を全然書き切れてないので、シリーズ化して2、3…と続けます。
言わずと知れた広島カープ全盛期のリードオフマン。
村上龍「走れ!タカハシ」にも書かれたのでご存知の方も多いはず。
| 走れ!タカハシ 村上 龍 (1989/05) 講談社 この商品の詳細を見る |
不世出のプレーヤーだ。
小学校低学年の僕からしても、なんとも形容しがたい色気があった。
当時日本人選手でまったく少数派のガム噛み。
軽く肩をいからせながら、少し猫背気味の歩き姿。
誰にも類似を探せない独特のバッティングフォーム。
数々の盗塁を生み出した少し歩幅の広いランニングフォーム。
過去にも現在にも、プレー姿だけでセクシーさを醸し出したのは、ヨシヒコ以外に見あたらない。
僕はれっきとしたノーマルだけど、男が男に惚れるってやつ。
俊足好打の選手はいつの時代だっている。
当時は、巨人の松本が常に盗塁王を争っていた。
なんだか松本はナヨっとしていて好きじゃなかった。
他にも記録上ヨシヒコを上回る同タイプの選手は存在する。
だが僕は、昔も今も断然ヨシヒコ派だ。
少年野球では、ポジションはセンターだったけど、ずっと背番号2を選んだ。
ひと昔前なら長嶋の背番号3か?
2を選ぼうとするヤツはいなかったから、僕が独占できた。
打撃フォームはもちろんのこと、打つ前の動作をバット回しまでひたすら真似た。
生粋の右バッターだったが、スイッチヒッターにもなった。
ヨシヒコのことを書き始めると止まらないので、今日はこの辺で筆をおこう。
とにもかくにも僕の中では、いつまでたっても機動力=ヨシヒコ。
モバイル=機動力、よって携帯投稿=ヨシヒコなのだ。
カテゴリ名「ヨシヒコ」は、強引だけどそんなところから付けました。
ヨシヒコの魅力を全然書き切れてないので、シリーズ化して2、3…と続けます。
2005年
09月
15日
(木)
02:32 |
編集
昨晩は、「在日」を一気読みして、就寝は4時くらい。
おかげで寝覚めが悪く、会社を午前半休した。
Mr.ダメリーマン。
これまで数限りない本を読んできた。
タイトルを見れば読後感は思い出せるのだが、それ以上は残っていないのだ。
今後は、読書日記をつけていこうと思う。
ちょっと前に、沢木耕太郎「無名」を読了していたが、
僕の中では、「在日」と「無名」にいくばくかの共通点を感じた。
そんな時にブログを始めたので、「無名の私ブログ」と名づけた。
今日は早寝したいので、時間が取れたときにでも書き残そう。
おかげで寝覚めが悪く、会社を午前半休した。
Mr.ダメリーマン。
これまで数限りない本を読んできた。
タイトルを見れば読後感は思い出せるのだが、それ以上は残っていないのだ。
今後は、読書日記をつけていこうと思う。
ちょっと前に、沢木耕太郎「無名」を読了していたが、
僕の中では、「在日」と「無名」にいくばくかの共通点を感じた。
| 無名 沢木 耕太郎 (2006/08) 幻冬舎 この商品の詳細を見る |
そんな時にブログを始めたので、「無名の私ブログ」と名づけた。
今日は早寝したいので、時間が取れたときにでも書き残そう。
2005年
09月
14日
(水)
01:00 |
編集
仕事柄パーティに出かけることがちょくちょくある。
今日は、某ホテルの試食会。
ホテル内のレストランのX'masメニューをちょこっとずつ食す。
旨いもん、ん、アレ?ってもんいろいろある。
ひとつハッキリした。
寿司ってのは、どんなにいいネタで握っても、シャリが冷えてるとダメだってこと。
目の前で職人さんが握ってくれたのを、すぐに口にしないと宝の持ち腐れですな。
●本日のsleep song
Franz Ferdinand「Franz Ferdinand」
(※amazon.co.jpの新譜リコメンドメールで、まんまとリマンイドされました。ホントに良くできてますよね)
●本日のsleep book
姜 尚中「在日」
我ながらスゴイ取り合わせ。
今日のフレンチ、イタリアン、和懐石、寿司の同時食いの影響か?
しかしながら、途中でBGM変更の可能性が大きそう…。
今日は、某ホテルの試食会。
ホテル内のレストランのX'masメニューをちょこっとずつ食す。
旨いもん、ん、アレ?ってもんいろいろある。
ひとつハッキリした。
寿司ってのは、どんなにいいネタで握っても、シャリが冷えてるとダメだってこと。
目の前で職人さんが握ってくれたのを、すぐに口にしないと宝の持ち腐れですな。
●本日のsleep song
Franz Ferdinand「Franz Ferdinand」
(※amazon.co.jpの新譜リコメンドメールで、まんまとリマンイドされました。ホントに良くできてますよね)
| Franz Ferdinand Franz Ferdinand (2004/04/20) Sony この商品の詳細を見る |
●本日のsleep book
姜 尚中「在日」
| 在日 姜 尚中 (2004/03/24) 講談社 この商品の詳細を見る |
我ながらスゴイ取り合わせ。
今日のフレンチ、イタリアン、和懐石、寿司の同時食いの影響か?
しかしながら、途中でBGM変更の可能性が大きそう…。
2005年
09月
13日
(火)
01:04 |
編集
今日から日記をつけることにした。
幼き頃、作文の点数は良かったが嫌いだった。
読書感想文など、苦痛で仕方がなかった。
他人に読まれるのが、なにより恥ずかしかった。
そんな僕も齢35になり、現在はなぜだか、活字周辺の職を生業としている。
あの頃嫌いだった本がなにより好きになり、
毎晩の睡眠導入剤がわりに読むのが唯一無二の趣味となった。
あの頃活発な野球少年だった僕は、紛うことなき出不精の男になった。
あの頃やせっぽちだった僕は、身体にまとわりつく贅肉を落とせなくなった。
あの頃ピンクレディのミーに下半身をくすぐられた僕は、
数多くの女性と出会い、セックスしたりして、20代で結婚をした。
そうして、あと1週間ほどで離婚届に判を押そうとしている。
あの頃幸せだった家族は、母親が他界してからというものおかしなことになった。
間違いなく、多くを失ってきた。
これからも何かを得るよりも、失うほうが多いと確信している。
だが、少なからぬ物事に感動をおぼえたりしながら、毎日生きている。
誰にも知られることなく、ささやかな野望を抱いたこともあった。
それに向けて仕事を変えたりもした。
ここ数年、僕自身の重大な欠陥も見えてきた。
克服すべく、少しだけ我慢もおぼえた。
こうやって書いていると、なんていうことはない人生だ…。
世の中に名を残す人間じゃないのは、もう分かってきた。
無名のOne of themとして生きる覚悟もついてきた。
そんな僕がずっとやれなかったこと、それが日記を付けることだ。
刹那感じたこと、日々考えることを、気負わず書き留めようと思う。
幼き頃、作文の点数は良かったが嫌いだった。
読書感想文など、苦痛で仕方がなかった。
他人に読まれるのが、なにより恥ずかしかった。
そんな僕も齢35になり、現在はなぜだか、活字周辺の職を生業としている。
あの頃嫌いだった本がなにより好きになり、
毎晩の睡眠導入剤がわりに読むのが唯一無二の趣味となった。
あの頃活発な野球少年だった僕は、紛うことなき出不精の男になった。
あの頃やせっぽちだった僕は、身体にまとわりつく贅肉を落とせなくなった。
あの頃ピンクレディのミーに下半身をくすぐられた僕は、
数多くの女性と出会い、セックスしたりして、20代で結婚をした。
そうして、あと1週間ほどで離婚届に判を押そうとしている。
あの頃幸せだった家族は、母親が他界してからというものおかしなことになった。
間違いなく、多くを失ってきた。
これからも何かを得るよりも、失うほうが多いと確信している。
だが、少なからぬ物事に感動をおぼえたりしながら、毎日生きている。
誰にも知られることなく、ささやかな野望を抱いたこともあった。
それに向けて仕事を変えたりもした。
ここ数年、僕自身の重大な欠陥も見えてきた。
克服すべく、少しだけ我慢もおぼえた。
こうやって書いていると、なんていうことはない人生だ…。
世の中に名を残す人間じゃないのは、もう分かってきた。
無名のOne of themとして生きる覚悟もついてきた。
そんな僕がずっとやれなかったこと、それが日記を付けることだ。
刹那感じたこと、日々考えることを、気負わず書き留めようと思う。
home
...
