レインボー・イン・マイ・ソウル
魂が漂流している無名の38歳による日記。
久しぶりにブログを書いてみる
2007年 03月 25日 (日) 22:38 | 編集
ずっとサボっていたブログを、久しぶりに再開する。
エクスポート機能がないエキサイトブログから、スゴイツールを発見したおかげで、無事FC2に引越し完了。

エキブロ最後の投稿が2006年7月19日だから、約8ヵ月ぶりになる。

その間、いろいろあった。

秋口にかけて勤めていたE社の業績が急速に悪化した。会社の雰囲気が悪くなった。何をやっても打開できそうになかった。
ワンマン社長が迷走しはじめた。自らの不作為を棚に上げ、業績悪化の原因を現場に求めた。原価の精査という名目で社長自ら最終決済を行うことになったが、的外れな指摘ばかりでて余計な仕事を増やしてくれた。状況を打開する施策を実行する時間がなくなり、社長対策にかなりの時間を取られた。

派遣社員、契約社員の首切りがはじまった。とあるミーティングで社長がのたまった。
「無駄な仕事をしとるやつ最低10人はおるやろ。退場してもらえや。数字いかへんぞ」
そのときひそかに決断した。オレが退場してやるよ、待ってろよ。
それまで見るべきところのある男として一目置いていたし、僕自身ある程度気に入られていた。カリスマのある社長として、業界では少しは名が知れていた。

人間、窮地に追い込まれると本性が出るものなのか。自らが詰め腹を切った上で、下にも犠牲を求めるなら付いていこうと思える。しかし現場に責任を押し付けるばかりで、なんらの指針も示せず、高価な飲み食いを続け、下には徹底した経費節減を強いる。自らが現場で陣頭指揮をとって結果を出したり、給与カットなりの犠牲を払うことがあれば誰もが納得したはずだ。そんなスキルもないし、メンタリティもないことがあからさまになった。
もしかしたら本性とまではいえないかもしれない。誰しも自分が一番かわいい。オレだってそうだ。しかし、会社組織において、ツライ時ほど身体を張れる人間じゃないと信じることはできない。

経営陣の無能ばかりではなかった。別部署の同僚からの信じられない言葉の暴力。それに対する自分の上司の見て見ぬふり。できない部下のにっちもさっちもいかない管理。会社での仕事はすべてに行き詰まっていた。

自分の職種がIT企業では評価されないし、ポジションもなくなり、いずれ会社に居場所がなくなるのは以前間違いないとずっと感じていた。ボロボロになって捨てられるより、惜しまれながら辞める新庄スタイルにしたかった。というよりも、会社に対して、スマートな形で(コレ、非常に重要)に三行半を突きつけたかった。

会社に行けない日もあった。業務に仕事に集中できなくなり、能率が非常に悪かった。今思えば、うつ病の初期の初期段階だったと思う。秋には一定量のストックオプション行使もできた。別れた妻と、ある約束もあった。
公私共に潮時と判断する材料はそろっていた。

転職を意識しはじめた頃、新卒時代に入りたかった新聞社のN社の募集を偶然発見した。すぐに応募してみた。ネットの転職サイトにも登録してみた。すぐに10社以上のエージェントから声が掛かった。転職活動を本格化させてから、会社での仕事はそこそこにやり過ごせるようになった。転職市場での僕に対する評価が想像以上に高かったためか、精神的にも少し安定したように思う。

そんなこんなで、一番最初に応募したN社から内定が出たのが12月初旬。もろもろの条件交渉があり、1月初旬に転職を最終決定した。トントン拍子に進んでくれた。

そして、3/1よりそのN社でトシを食った新入社員として働いている。
やはりモノづくりの会社は性に合う。現場に対する理解とリスペクトがある。無理難題は一緒に考える風土がある。年寄りを大切にする。ヒトの人生を左右する首切りなど一切無縁だし、
そんなことは許されないという当たり前の前提が経営陣から感じられる。IT企業から足を洗って良かったと、今心の底から思える。

僕自身も、これが4社目になる。なんとしても定年まで勤め上げるつもりだ。この会社でも有象無象の出来事が起こり、多大なストレスもあるだろう。格差社会になってしまった現在の日本で、36歳は自らを高く売れるラストチャンスだったであろう。

また最近は「勤め上げる」という行為に、大いなるリスペクトを感じている。P/Lに現れる数字しか評価できない、中味のない成果主義をありがたがる上っ面ばかりの外資系やらIT企業の世界に迷い込み苦悶した末、僕自身が得た感触だ。

ここまで書くのに3時間も掛かった。長くなったので、この辺りでやめておく。
| 思フコト | - | - |
copyright (C) レインボー・イン・マイ・ソウル all rights reserved.
designed by polepole...